開会式

 20XX年、夏——。謎の感染症、新型コロコロウイルスのパンデミックの中、一人の男が立ち上がろうとしていた——。

 

 やあみんな。オレの名前は菅田義秀(すだ・よしひで)。みんなにはダースーとかダースベーダーって呼ばれてる。真面目だけが取り柄で冴えないオレだけど、目の上のたんこぶもとい阿部膵三(あべ・すいぞう)の右腕としてあくせく働いてたら、ついにオレにも光が当たる日が来たんだ。そう、内閣統理大臣になった。

 まあこんなちっぽけな国のトップだけど、就任すれば核のスイッチとか色々手に入るんだ。膵三はメンタルが弱かったから何もなかったけどね。オレは度胸には自信があるよ。

 ところで、最近流行りのコロコロウイルス、なかなか面倒なやつで、国民は苦しんでいるらしい。愛する国民のためだ、一人として犠牲にすることはしないぞ!

 ——とはいえ、色々手は打って来たんだけど、やっぱりコロコロウイルスは威力が抜群で、我が国の誇る医療技術をもってしてもなかなか太刀打ちできないんだ。それもこれも、全部膵三が金をケチったせいなんだよな。まあ、今更言っても仕方ないか。

 

 ああそうだ、膵三の残した余計なお荷物がもう一つあったんだった! どうやら今度、オチンピックを我が国で開催するらしい。くそめんどくさいことしやがって膵三——。

 オチンピックは正直どうでもいい。クスリで人体改造したロッシ人と、秘密警察がライバルを片付けてしまうアメニカ人ばかりがみんなメダルを持っていっちゃって、我々には何も面白くない。しかも、人がたくさん集まればウイルスが広まる。コロコロウイルスがこれ以上広まったら、我が国は終わりだ——。

 ——だが、そのときオレは閃いた。オチンピックといえば、40年に一度の大イベントで、国内の各地から、そして世界各国から要人が集まるじゃないか。そう、それを逆手に取ればいいのだ。全員、爆破する——。

 

 そもそもコロコロウイルスが流行ったのだって、生物兵器の開発競争だったらしいじゃないか。お互いに相手のウイルスを強く改造しようとした結果、その途中のどっかで漏れてしまったらしい。アメニカのドナルド・コントラクトブリッジ大総統と、大華共和国の周遠平書紀。大惨事対戦を避けるためにも、彼らはまず潰さねばならない。そう、世界の人々の命を守るため——。

 この問題を隠そうとしたUHOのテトリス議長も同罪だ。それから、ハン国のJ・ムンムン大総統は、放っておけば我が国と戦争を始めかねないから、彼も道連れだ。

 オチンピック自体が、社会の敵だ。統理に就任してからよく予算を見てみると、親愛なる国民の皆様には何も利益にならないというのに、ウン億円の血税が使われていると知って、頭に血が上った。庶民と感覚が乖離している、オチン貴族のトーマス・ベートーヴェン会長も片付けておくのが世間のためというやつだろう。

 オチンピックは廃止したほうがいい。でも、選手村ではサラブレッドの開発競争が行われているらしいんだけど、それはオレも参加したいかなあ。

 

 これからの時代に、敵になりそうな奴らも全員オチンピック関係者にして片付けることにしたんだ。吉森朗は元首相だけど、差別主義者だからダメだ。女性蔑視とか平安時代の話かよ。人のことを豚呼ばわりする電道の代々木も、いじめを武勇伝として語る大山田も、みんな開会式の日に集めてドカーンとやる予定だったんだ。だけどまあびっくりしたことに、国民が意外と政治見ているらしくて、いちいち炎上して困ったんだよね。いやいや、お前らが騒がなくてもオレがなんとかするから、安心しといてくれよな。

* * *

 突然、ノックの音がした。

「統理、帝京都の古池知事がお見えです」

「よし、通せ」

 そう言うと、数秒後にすぐ鶯色のジャージに身を包んだ古池海胆子(こいけ・うにこ)知事が現れた。こいつはオレの最大のライバルだ。しかもオレのもう一人の敵、三階幹事長とも懇意にしているらしいのが余計にムカつく。

 古池が言った。

「統理、オチンピックの観客の件ですが……」

 ふふふ、やはり予想通りだ。

「ああ、無観客だ。都内は全て無観客にしよう」

 オレがさらっとそう言うと、古池は唖然とした表情をしている。よっしゃ! 勝ったぞ! ついに! 出し抜いた。気持ちいい~~。

 古池は、どうせ感染状況の悪化とともに有観客が国民から批判されている、ちょうどその頃合いを見てオレのところへやってきて、「的確な」助言をするつもりだったのだろう。だが無理だ。オレはすでに去年から無観客を決めていた。なぜならば、一般国民の命を、このオレの一大計画に巻き込むわけにはいかないからだ。

 ふっ、残念だったな古池。女性初の首相にでもなるつもりだったようだがもう遅い。オレもお前も開会式の日に木っ端微塵になるんだよ! せいぜい余生を楽しむが良いさ。

* * *

 ——開会式当日。空はどこまでも突き抜けた青色で、こんなに絶好の日はないだろうと思われた。きっとこの澄んだ空気の中なら、きっと国立競技所が爆発し、火の海になるのもよく見えることだろう。この日のために隅研吾(すみ・けんご)には競技所を木製にしてもらった。サイコーだぜ隅。統理直接の命令ということで、燃えやすい構造がちゃんと考えてあって、結果的に真ん中だけ穴を開けた便器型にしておくと、どうやら酸素の供給口となって、よく燃えるらしい。爆弾は警備に当たる警官たちによって、それぞれ燃えやすい位置に、順調に取り付けられた。

 

 今日までに、ベートーヴェンテトリスも四里塚空港にすでに到着している。ムンムンは突然気が変わって来なくなったのは残念だが、命拾いしたと思え。コントラクトブリッジ前大総統もサプライズゲストという扱いで、まもなく到着することになっている。辞任せざるを得なかった不祥事三兄弟も、なんとか言いくるめて開会式の会場にはやってきた。計画は全て完璧だ。

 もしこの計画が成功すれば、オレも死ぬことになる。だが、オレは世界のために死ぬ。世界中からあらゆる悪を取り除き、愛と平和の光で世界を包むために死ぬのだ。内閣統理大臣としては短い期間であったが、きっとオレの名前は後世に残るだろう。それが本望だ。This is Japanese Samurai spirit. Bushido is the most important ideology in Japan.

 

 わが人生に一片の悔いなし。 内閣統理大臣 菅田義秀

 

* * *

 

 ——統理が何者かに「消された」というニュースが飛び込んでくるのは、開会式のわずか三時間前のことだった。